【人流データ分析】2026年W杯の効果を位置情報で検証──日次集計では見落とす「4つの変化」

2026年6月に開催されたFIFAワールドカップ(以下、W杯)は、日本代表の善戦により国内で大きな盛り上がりを見せました。北中米開催となった今大会は、日本戦のキックオフが早朝5:00、昼13:00、朝8:00、深夜2:00と変則的であり、ビジネスパーソンの生活時間帯に深く食い込む形となりました。
本レポートでは、この期間中に「街」や「店舗」の人流がどのように変化したのかを検証するため、位置情報マーケティングプラットフォーム「ASE」のデータを活用し、渋谷スクランブル交差点周辺および都内スポーツバーの来訪データを対象とした詳細な動向分析を行いました。
- 分析期間:月次比較は2026年5月・6月(商圏分析のみ4月を追加)、日別分析は2026/6/11〜7/4
- 分析ツール:ASE分析ダッシュボード
目次
プロローグ:日次データにおける来訪者数推移の検証
本稿では、W杯の影響をマクロに捉えるための「街」の代表として「渋谷スクランブル交差点周辺」、およびミクロな需要の受け皿となった「店」の代表として、新宿に立地するスポーツバー(以下、スポーツバーA店)の2つを分析対象としました。
はじめに、分析の前提としてスポーツバーA店の日別来訪者数(6/11〜6/30)を確認します。データによると、日本戦が行われた4試合(6/15、6/21、6/26、6/30)のいずれの当日においても、急激な数値の上昇(スパイク)は確認されませんでした。来訪者数を変動させていた主な要因は試合の有無ではなく「曜日」であり、今大会のキックオフ時間が早朝や深夜となったことで、飲食店の通常の営業ピーク(夜間)とすれ違っていたことが主因と考えられます。
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しかし、日次というマクロな集計単位では捉えきれない微細な変化が潜んでいる可能性があります。そこで本稿では、集計の軸を「時間帯」や「客層」に変え、W杯が街と店にもたらした具体的な影響を検証します。
痕跡1|曜日×時間帯分析による渋谷スクランブル交差点周辺の人流変化
ASEの「来訪パターン分析」を用い、1ヶ月の来訪データを曜日×時間帯(1時間刻み)のマトリクスとして出力しました。対象エリアを「渋谷スクランブル交差点周辺」に設定し、通常月(5月)と大会月(6月)の変化率(6月÷5月)を算出しています。
まず全体傾向として、6月の渋谷の人流は5月と比較して減少基調にありました。特に金・土・日はほぼ全ての時間帯で2割前後のマイナスとなっています。これは梅雨入りによる外出控えに加え、比較対象である5月に大型連休(ゴールデンウィーク)の繁忙期が含まれていたことが要因として説明がつきます。
しかし、この減少基調のなかで、特定の2つの時間帯だけが逆行して増加を示していました。

顕著な増加が見られた時間帯の1つ目は、火曜の未明1:00〜5:00です。特に4:00台は5月の平均214人に対し、6月は365人と+71%を記録しました。6/30(火)のブラジル戦はキックオフが深夜2:00、試合終了は4:00過ぎであったため、このデータは試合中から試合終了直後にかけての街頭の動きを正確に捉えています。
2つ目は、月曜の朝5:00〜9:00(+12%〜+34%)です。6/15(月)のオランダ戦はキックオフが朝5:00、終了が7:00前後であり、「観戦を終えた層が動き出す朝」のボリュームが、月間平均を押し上げる規模で存在したことを示しています。
対照的に、明確なイベント効果が検出されなかった時間帯についても明記します。
日曜13:00のチュニジア戦と金曜朝8:00のスウェーデン戦は、月平均データでは有意な差を確認できませんでした。週末や平日の朝はもともと日常的な来訪ボリューム(分母)が大きく、月4〜5回の平均値に希釈されやすいうえ、6月全体の減少基調に相殺されたものと考えられます。
このように、効果が「可視化される時間帯」と「日常のデータに埋没する時間帯」があること自体が、イベント効果測定における重要な知見と言えます。
【データの解釈における注意点】
本ヒートマップは月間平均値です。6月の火曜日は5回あり、うちブラジル戦があったのは1回のみです。それにもかかわらず月平均が+71%に達した事実は、単純計算で試合当日の火曜4:00台は通常の火曜日の4倍を超える人出であったと推定されます。なお、5月の月曜・火曜には大型連休の祝日が含まれており、未明の基準値は高めに出る傾向にありました。その条件を差し引いてもこれだけの差が残る点が、シグナルの強さを裏付けています。
痕跡2|来訪頻度分析による顧客行動の変容検証
W杯期間中には日本戦が4試合行われました。仮に「試合のたびに同じ場所に集まって観戦する」という行動様式が定着していれば、6月は複数回来訪した層(リピーター層)の厚みが増すはずです。これを検証するため、街(渋谷スクランブル交差点周辺)と店(スポーツバーA店)の双方で、5月・6月の来訪頻度分析を行いました。
分析の結果、スポーツバーA店の頻度構成は5月とほぼ相似形のまま、全体ボリュームが約8%縮小する結果となりました。月2回以上来訪した客層のシェアは17.5%から17.8%と横ばい(誤差の範囲)であり、「試合のたびに店舗に通う」という行動変容は確認されませんでした。
渋谷の街区についても同様の傾向が見られ、減少の内訳は月1〜6回の「ライト層(▲7%〜11%)」に集中しています。これは、買い物や街歩きを目的とした裁量的な外出が、梅雨期の6月に減少したという背景で説明が可能です。

以上のデータから、W杯の痕跡は「頻度(誰が何回来たか)」の軸には現れず、前述の「時間帯(いつ来たか)」の軸に限定されて現れたことが分かります。また、4試合という短期的な反復機会があっても、顧客のリピート行動は自然発生しないという事実を示しており、イベント来訪を中長期的なエンゲージメントへ変換させるためには、来訪後の能動的なマーケティング施策が不可欠であるという示唆を得られます。
痕跡3|新規・リピーター分析による日次動向の解析
次に、「新規・リピーター分析」を用いて来訪者を新規客(過去一定期間に来訪記録がない層)とリピーターに分解し、スポーツバーA店における6/11〜6/30の日次動向を解析しました。
朝・昼・夕方にキックオフされた3試合(6/15、6/21、6/26)については、来訪者数および新規率ともに、同曜日の非試合日と比較して有意な差は認められませんでした。これは前述の「試合当日は大きな変化なし」という結果と整合します。
しかし、期間中で唯一、明確な異常値を示した日があります。それが6/29(月)です。この日の新規率は81.7%に達し、期間平均(74.2%)を大きく上回る最高値を記録しました。新規の来訪実数も188人と、他の月曜日平均(153人)に対して+23%の増加となっています。一方で、同日のリピーター数は42人と平均(60人)を下回る結果となりました。
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6/29(月)の翌未明2:00はブラジル戦のキックオフ時間です。すなわち、このデータ上の山は「試合前夜からの入店動き」を指しています。深夜キックオフの観戦客は日付が変わる前(24:00以前)に店舗へ流入するため、暦日ベースの集計では試合当日(6/30)ではなく、前夜(6/29)にデータが記録されることになります。実際、試合当日である6/30の数値は通常の火曜日と同水準に収束しています。
深夜キックオフのイベント効果は当日のデータには現れず、完全に「前夜」に表出するという点は重要です。これは痕跡1で確認された「火曜未明の渋谷の人流増加」の、いわば上流にあたるサプライチェーン上の動きが店舗側でも実証された形となります。「新規率が期間最高」「実数が月曜比+23%」「街区データの方向性と一致」という3つの要素を複合的に評価することが妥当です。深夜の大一番は普段その店舗を利用しない新規客を強力に誘引するものの、これらの層は放置すれば一過性の来訪で終わるため、この顧客接点をいかに次なる施策で回収するかがマーケティング上の課題となります。
痕跡4|商圏距離別分析による来訪エリアの伸縮検証
最後に、スポーツバーA店の商圏変化を検証するため、4月・5月・6月の3ヶ月間における「商圏距離別来訪者分布」を比較しました。大型連休を含む5月のみを基準とするとデータの歪みが生じるリスクがあるため、4月のデータを加えて基準値を平準化しています。
仮説としては、W杯という大規模イベントにより「遠方からわざわざ繁華街へ足を運ぶ遠征型」の来訪者が増え、6月は遠距離帯の比率が拡大することが予想されました。しかし、実データが示したのはその真逆の傾向でした。

総来訪UU数が3,910 → 3,923 → 3,850とほぼ横ばいで推移するなか、その内訳において「商圏の収縮(客足の地元化)」が明確に起きていました。1〜3kmの近距離帯が4〜5月平均比で+14%と増加したのに対し、遠距離帯は距離が離れるほど減少傾向が強まり、30km超のエリアでは▲17%と大きく落ち込みました。来訪者の中央値距離も、4月(10.2km)、5月(10.8km)に対し、6月は(9.8km)と3ヶ月で最短を記録しています。4月比・5月比のいずれにおいても同様の減少ベクトルが確認できることから、本結果は連休等のノイズによるものではないと判断されます。
この商圏の収縮は、これまでの分析結果と論理的に整合します。梅雨期の6月に減少したのは「遠方から繁華街へ飲みに来る」という裁量性の高い外出(痕跡2で減少が確認された月1〜6回のライト層)であり、その減少分を、近隣居住者や近隣勤務者による「深夜・未明の観戦需要」というローカルな流入が埋めたと考えられます。
少なくとも当該店舗においては、W杯が広域から顧客を呼び寄せた形跡はなく、むしろ客足の局所化(地元化)を促したことがデータから読み取れます。
ターゲットの物理的な商圏は固定されたものではなく、外部環境やイベントによって月次で伸縮します。
仮に同店が6月も「従来の商圏設定」のままジオターゲティング広告の配信を継続していた場合、需要が減退している遠距離帯に対して非効率な予算配分を行っていたリスクがあります。環境変化に応じて配信半径や予算配分を柔軟に最適化する(位置情報データを施策へ動的に還流させる)ことの重要性が、ここから立証されます。
総括:効果は「消滅」したのではなく「別の軸に隠伏」していた
本分析がもたらすマーケティング上の主要な結論は以下の3点に集約されます。
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集計軸の掛け替えによる効果の可視化
日次合計の視点では「変化なし」と処理されるデータであっても、「曜日×時間帯」「頻度分布」「新規/リピーター」へと分析の軸を切り替えることで、潜在的なイベント効果が鮮明に可視化されます。単一の軸による「効果なし」という結論を鵜呑みにしてはなりません。 -
ベースラインの小さいセルに着目する重要性
全体平均に希釈されやすいマクロなデータ環境下でも、もともとのベースボリュームが小さいセル(未明や早朝などの時間帯)における変化は、強いシグナルとしてデータ上に残ります。全体が減少基調にある月であっても、特定の時間帯が逆行して突出するケースをとらえるには、通常月とのヒートマップ比較分析が極めて有効なアプローチとなります。 -
深夜イベントにおける時間的ズレと適切な追跡設計
暦日ベースの集計では、深夜・未明イベントの効果は当日のデータではなく「前夜」のデータとして表出します。また、そこで獲得した新規客層は自然定着しないことが頻度分析から実証されています。翌月以降のデータで当該客層を追跡し、リターゲティング施策等と連動させて確実に顧客化する統合的なシナリオ設計が求められます。
本分析について:本記事のすべての分析は、ASEの管理画面上の標準分析機能(来訪者推移/来訪パターン/来訪頻度/新規・リピーター/推定居住エリア/商圏距離別分布)のみで出力しています。数値は位置情報データを統計的に加工した推定値であり、個人を特定するものではありません。掲載グラフはすべて実データ(2026年5月・6月のASE出力)に基づきます。
本記事の各分析はすべて、
「ASE分析ダッシュボード」の管理画面から10分で取得可能。
